2017年09月11日

にはお別れ行って



「ありがとう存じます。倅ともども、金剛さまには厚いご好誼いただきまして、感謝いたします。いつか再びご当地に参りましたら、ぜひよろしくお願いいたします。」

父親の顔を束の間浮かべた柏木醍醐だったが、、大二郎だけを残してゆくわけにもいかなかった。
あくまでも時代がかったまま、別れを惜しみ本音を隠した。


一か月という、長いようでいて短かった柏木醍醐劇団の興行は、大成功の内に幕を閉じた。
今日でお別れだと知らない禎克は、別れ際、大二郎に大きく手を振った。
母も帰り道、何度も大二郎が次の興行地へ向かうことを伝えようとしたが、できなかった。
家に帰ってきても、紅潮した頬で、父にどれほど大二郎が上手に踊ったか、醍醐と揃って踊った人形振りが本物の人形のようだったか、一生懸命語っていた。
禎克が湊とお風呂に行った隙に、母は切り出した。

「困ったわ~、わたし、大二郎くんが行ってしまうこと、さあちゃんにとうとう言えなかったの。」

「そうか、それは困ったね。言わないわけにはいかないだろう?」

「そうなの。でも、絶対ショックを受けると思うのね。あの子、大二郎くんの事大好きなの。」

夫婦は密かに話し合ったが、結局悩んだ挙句、幼稚園に行けば川俣先生が何とかしてくれるだろうと、前向きに丸投げすることにした。

「もう、それしかないだろう?」

「ええ。とてもじゃないけど、明日から大二郎くんが幼稚園に来ないなんて、私には言えないわ。だってさあちゃんったら、明日も一緒に遊ぶんだ~って、すごく楽しみにしているんだもの。」

「えらくまた、気に入ったものだね。ぼくは会ったことないけど、大二郎くんってどんな子?」

「そうねぇ……。醍醐さんをそのまま小さくした感じ?大人びているけど人懐っこくて、すごく可愛いの。二人で手をつないでお客様にお花を渡したりね、いい子よ。」

「そうか。禎克も、なかなか人を見る目が有るじゃないか。」

「あなたに似たのね。」

いつしか空気が甘くなった。

「君に似たんだよ。でも、面食いな所はぼくに似たかな。」

「うふふ~。あなたったら~。」

……ばかっぷるだった。

禎克は今朝も早起きをし、青いスモックを手に入れた。今日こそ二人でレゴブロックで遊ぶんだと張り切っている。大人しい禎克が、朝から珍しく饒舌だった。

「おとうさんっ、今度のおやすみも、大二郎くんのお芝居観にもいい?」幼稚園に着くと、禎克は朝一番に競争率の高いレゴブロックの消防自動車のパーツを見つけ、握り締めると、小さくやった~とガッツポーズをした。それからすぐに、多くの園児がやって来る門の所まで大二郎を迎えに行ったが、なかなかやってこない。
待てども待てども、どういうわけか大二郎はこまどり幼稚園に来なかった。

「おそいな~」

禎克は門扉にもたれて、じっと長いこと遠くを見つめて大二郎を待っていた。

「もうすぐ朝のごあいさつの時間なのに、大二郎くん……ちこく~。」

既に事情を知っていた川俣先生が、様子をうかがっていたが、ついに引導を渡した。

「禎克くん。大二郎くんを待っているの?」

「うん。」

「あのね、禎克くん。大二郎くんは待ってても、こまどり幼稚園に来ないのよ。」

「……?おかぜひいちゃった?」

あのね……と、先生は切り出した。

劇団のお仕事の都合で、こまどり幼稚園には、最初から一か月だけ通う約束だったということ。昨日の公演が最後で、たぶん夜の内に次の興行先に向かったこと。幼稚園のみんなする時間がなかったこと。川俣先生は、言葉を選んで禎克に説明した。

「だからね、残念だけど大二郎くんは、来ないの。」  


Posted by backpacksupercase@gmail.com at 13:17Comments(0)